新月から上弦、満月を経て再び新月へと、月は満ち欠けを繰り返している。その周期は約29.53(29.530589)日。この月の満ち欠けひと巡りをそのまま1ヶ月という単位にしたのが旧暦である。29日と半分なので、1ヶ月の日数は29日か30日。昔は29日を「小の月」、30日を「大の月」と呼んでいた。
満ち欠けサイクルの中でも完全に欠けた状態の月を「新月」というが、旧暦ではこの新月にあたる日を毎月の第1日目とする。旧暦を使ううえで知っておくべき、これが唯一といっていいルール。毎月ついたちが必ず新月であるということは、今日がたとえば旧暦の日付で「5日」ならば、その日の月は新月から5日目の相であることを示し、下図のとおり、毎日の日付と月の満ち欠けが完全に連動することを意味する。
8日なら上弦、15日なら満月、23日なら下弦といった具合に(ただし月の軌道が楕円である等の理由で、9日が上弦になったり、16日が満月になるなど、多少の前後はある)。つまり旧暦では日付がわかれば月の形が、月を見ればおよその日付がわかるというわけだ。そして下弦を過ぎてさらに月が欠けていき、再び新月が訪れることで月の満ち欠けが次のサイクルに入ると、こよみ上でも同時に月が改められ、翌月がスタートする。
このように空に浮かぶ月の動きを、そのまま「とき」を知るための目安として活用し、カレンダーにしたのが旧暦なのだ。月の満ち欠けと正確に同じリズムで毎日を送り、自然や宇宙のサイクルを暮らしに取り入れることができる。
旧暦の日付が月の満ち欠けと完全にリンクして自然のサイクルをそのまま反映しているのに対し、グレゴリオ暦では日付がわかったところで、それをなにか自然界の法則と関連付けて考えることはできない。グレゴリオ暦において毎日の日付はそれ以外のなにものとも関連付けられておらず、日付は単に連続する数字にすぎないからだ。このような無機的なカレンダーを基盤にしているのであれば、現代社会が地球や自然のいとなみと接点をもちづらくなっているのも、うなづけるというものだ。
しかし旧暦なら、私たちの暮らしと自然のサイクルを容易に同期することができる。その意味で旧暦とはまさに、この星に住むあらゆる生命が本来もっている"循環"という法則を取り戻し、生命のリズムを調律するカレンダーといえよう。


















